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ペイオフを解禁すれば、総預金の半分と、それに伴う数千万人という人々の生活が不安定になりかねないのである。
これは、一歩間違えれば、国民経済全体にとって取り返しのつかない事態になりかねないことを意味している。
しかも金融システムの安定という観点から見ると、最も怖いのは小口預金者の取り付け騒ぎではなく、大口預金者の逃避である。
小口預金者の取り付け騒ぎは、金融当局が現金輸送車を多数用意し、テレビカメラの前に札束を見せつければすぐにでも収拾できるが、大口預金者が一○億円や一○○億円の単位で預金を引き出したら、いくら現金輸送車を出しても到底対応することはできない。
しかも、預金総額の半分を占める大口預金がいつ逃げ出すかわからない状況では、銀行は安心して融資をすることもできず、全国的な貸し渋りは九七〜九八年のそれの何倍もひどくなりかねない。
ペイオフは信用力の落ちた日本の金融システムを直撃するそれでも銀行に充分な信用があれば、ペイオフを解禁しても問題はないだろう。
この信用力の尺度として格付けがある。
一般的に銀行が銀行として機能するには、最低「Cとから「B」くらいの格付けが必要とされる。
ところが、アメリカの大手格付け機関ムーディーズによる大手邦銀の財務格付けを見ると上、下のない最低水準である。
私は前述の通り格付け機関の言うことがすべて正しいとは思っていないが、商業用不動産価格が全国平均で八三%も下がり、株と土地だけで一三○○兆円もの富が失われた国ではこのような格付けも致し方ないだろう。
資産価格の下落は、どうしても金融機関を直撃するからだ。
この「E」の意味自体「外部の支援を必要とする」という定義で、現時点では自立は不可能という意味である。
戦後の主要先進国の歴史を見ても、「D」と「E」しかないというほど、信用が落ちた金融システムを抱えているのは、今の日本だけである。
問題は、この地に墜ちた状態から、まともな格付けに戻るのに何年かかるかだが、八○年代後半や九○年代前半の米銀の例でいくと、ベストの環境下でも、五〜六年、通常なら一○年近くかかる。
これだけ根が深い問題をペイオフ解禁前の二○○二年三月までに解決するという一部の評論家の主張は、不可能を超えて現実知らずの無責任としか言いようがない。
しかもこのような格付けでは、銀行が一行潰れ、ペイオフが実施され、その銀行の大口預金者に損失が発生することになったら、その潰れた銀行の預金者以外のすべての大口預金者も、自分たちの銀行は大丈夫かどうか確認を迫られるだろう。
企業の財務担当役員は社長から呼ばれ、潰れた銀行に比べ、自分たちが預金している銀行の格付けを問われるだろう。
ところが今の日本では、大手銀行すべてが「D」か「E」という最低水準である。
つまり、潰れた銀行も、大半の銀行の格付けが「B」で、一〜二行が「D」や「E」という格付けの時に「D」の銀行が一行潰れても、それは「そんな格付けの低い銀行に預金していた者が悪い」ということになって、他行の大口預金者に動揺が走る危険性は少ないだろう。
しかし現実はまったく違うので破綻してしまう。
まだ潰れていない銀行も大差はないのである。
となると、自分たちの銀行も決して安心できないということになり、全国の大口預金者が極めて不安定になりかねない。
そのなかには、「どうせ預金をしても金利はほとんどつかないのだから、預金はやめて現金にしておけ」という指示も出てくるだろう。
しかし、そこで地方自治体を含む大口預金者の全国的な取り付け騒ぎが発生したら、日本の金融システムは一時間でである。
さらに、「外銀でもいいから、もっとまともな格付けの銀行へ移しておけ」などということになったら、それこそ九七〜九八年の「日本売り」の何倍もひどい国境を越えての資金逃避パニックが発生するだろう。
金融システムの崩壊とは、小口ではなく、大口預金者が動揺した時に起きるのである。
また、人々がどこにお金を置けば良いのかわからないで右往左往するだけ、消費者や企業のマインドは極度に萎縮してしまい、景気の回復は夢のまた夢となってしまう。
文章でしか金融危機を知らないペイオフ解禁推進論者たちは、システミックリスクが発生したら、その時は預金の全額保護を認めると言っている。
しかし同時に彼らは、それが本当にシステミックリスクなのかどうかは、充分な議論と審査が必要であると主張している。
これは、いかに彼らが金融の現場を知らないかを物語っている。
まず、全行の格付けが最低という現状は、前述のような逃避が随時発生しかねないという意味で巨大なシステミックリスクが発生している何よりの証拠である。
また、現実の金融パニックで当局に与えられた時間は、せいぜい数時間である。
委員を集めて会議を開いている時間など、どこにもないのである。
私がニューヨーク連銀在籍中に実際に対応を迫られたコンチネンタル・イリノイ銀行の時も、与えられた時間は数時間しかなかった。
この由緒ある大手銀行は、イリノイ州の規制で支店の展開を認められていなかったため、大口預金者が中心で発展してきた。
そこがペン・スクウェアという別の危なくなった銀行に相当貸し込んでいるらしいという噂が広がった瞬間、同行の大口預金者は一斉に逃げ出した。
そして、問題が表面化したわずか二日後に同行は破綻し、当局によって国有化されたのであった。
現時点で、これだけ株価が下がったにもかかわらず、金融不安が発生せず、格付け問題がそれほど注目されていないのは、ペイオフが延期され、預金が全面保護されているからである。
しかし、邦銀の現在の格付けは、全額保護が始まった一九九六年に比べても大幅に下がっている。
ということは、ここで全額保護をやめれば、最低でも九六〜九七年に経験したパニックか、それ以上のことが起きる可能性があるのである。
一九九九年一二月に当時自民党の政調会長だった亀井静香氏が連立与党の関係者と協議してペィオフ延期を決めた時、日本のマスコミは凄まじい非難を浴びせた。
この決断をしたO内閣の経済政策に対し、当時のT氏は三五点という評価点をつけたのである。
しかし、もしもあの時、亀井氏がマスコミに不人気であることを承知でペイオフ延期を決定していなければ、今頃の日本経済はどうなっていただろうか。
これだけ不良債権問題が騒がれ、これだけ株価が下がっているにもかかわらず、まだ金融が大きなパニックに陥っていないのは、あの時ペイオフが延期されたからである。
一時期国内では、ペィオフ解禁は国際公約で、延期をしたら邦銀の格付けは大幅に下げられると騒いだ人々がいた。
しかし、実際に延期したことについて文句を言った外国金融当局は一ペイオフ延期に文句をつけた外国金融当局は一つもなかった。
必要とまで言及したのである。
これらは金融の常識から見て当然の結果であり、解禁こそ国際公約だと騒いだ人々がいかにデタラメな人たちであったかを証明することになった。
また、昨今のマスコミには金融庁がペイオフ解禁について金融機関にいろいろ準備の指示を出している記事が目立つ。
このなかには、例えば預金者の名寄せをどうするかといった話が含まれているが、これらはすべて事務論であって、経済論でも金融論でもない。
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